横山大観(よこやまたいかん 1968-1958)
「蓬莱山」 34×29㎝
略歴
1868年 茨城県水戸市に生まれる。水戸藩士酒井捨彦の長男。
1885年 東京英語学校に入学、傍ら渡辺文三郎に鉛筆画を学ぶ。
1889年 東京美術学校(現東京芸大)第一期生として入学。岡倉天心、橋本雅邦らに学ぶ。
1896年 京都市立美術工芸学校予備科教諭を退職。東京美術学校助教授となる。
1907年 文展審査委員。国画玉成会評議員となる。
1913年 下村観山らと日本美術院を再興する。
1935年 帝国美術院会員となる。
1937年 第一回文化勲章を受章。
1951年 文化功労者となる。
1958年 逝去。正三位勲一等旭日大綬章を追贈される(享年89歳)
近代日本画壇の巨匠横山大観は岡倉天心指導のもと、線に頼らず色彩の濃淡によって空気や光、形や奥行きを表現する革新的な没線(もっせん)描法を試みます。当時は「朦朧体」と猛烈に批判されましたが、湿潤な大気や壮大な景観を表現するのに最もふさわしい画法を確立させ、日本画の発展に大きな影響を与えたとして現在では高く評価されています。
本作品はちょうど朦朧体の表現を深めていた頃、1905~1906年に菱田春草と共にニューヨークやボストンで展覧会を成功させ、ヨーロッパ外遊を果たした頃に描かれたものです。
蓬莱山は古来中国で不老長寿の神薬を作る仙人が住む理想郷とされ、福禄寿の象徴として謳われていました。日本には飛鳥時代に神仙蓬莱思想が伝承し、日本の庭園様式にも多く用いられています。